夢追人

競輪選手
元ボティビルダー
モデル

スポーツ

水谷 亮太 さん みずたに りょうた
H30年度健康スポーツ科学科卒 / 愛知県

25歳の決断。会社員からプロ競輪選手への挑戦

幼い頃から「いつかプロアスリートとして活躍したい」という夢を抱いていた水谷亮太さん。しかし、大学卒業後は一般企業へ就職し、社会人として新たな一歩を踏み出しました。

在学中には、職業紹介の講義で競輪選手という仕事を知る機会がありましたが、当時は自転車競技に触れた経験がなく、自分が目指す未来としては現実味を感じられなかったといいます。

転機が訪れたのは25歳のとき。

「このまま会社員として働き続ける人生ではなく、何かに本気で挑戦する人生を送りたい。」

そう考えた水谷さんは、社会人からでもプロを目指せる競輪の世界へ飛び込む決断をしました。

決して早いスタートではありませんでしたが、「挑戦したい」という強い想いを行動に移し、日本競輪選手養成所を経てプロ競輪選手としてデビュー。現在はさらなる高みを目指し、全国各地のレースで活躍を続けています。

勝利のために積み重ねる、競輪選手の日常

競輪選手の仕事は、レースの日だけではありません。

現在、水谷さんは月に2〜3開催のレースへ出場しています。1開催は3日間にわたり、その間は全国の競輪場で熱い戦いを繰り広げます。

レース以外の日は、自らスケジュールを組み立て、トレーニング、ロードワーク、ウエイトトレーニング、コンディショニング、身体のケアなどに取り組み、次のレースへ向けて準備を重ねています。

競輪は、一瞬の判断力と爆発的なパワー、そして高い持久力が求められる競技です。

だからこそ、日々の積み重ねが結果に直結します。

レースで1着を勝ち取り、優勝した瞬間は、これまで積み上げてきた努力が報われる最高の瞬間だと語ります。

勝利という目標に向かって試行錯誤を繰り返し、自分自身を磨き続けることこそが、競輪という競技の大きな魅力なのです。

至学館大学で学んだ知識が、今の競技力を支えている

至学館大学では、競技力向上に欠かせないトレーニング理論や栄養学について専門的に学びました。

学生時代は部活動に励みながら、トレーニングにも積極的に取り組み、身体づくりに必要な知識を実践を通して身につけていきました。

当時学んだ内容は、現在の競輪選手としての生活にも大きく生かされています。

効率的な筋力向上の方法、競技特性に合わせたトレーニング、疲労回復を意識した栄養管理など、大学で培った知識は、日々のパフォーマンス向上を支える土台となっています。

競輪は身体が資本となる競技だからこそ、学生時代に学んだ「身体を科学する視点」が、現在も大きな武器になっています。

競輪への挑戦を支えた、ボディビルで培った身体づくり

競輪選手を目指す以前、水谷亮太さんはボディビル競技にも挑戦していました。

2021年には「愛知県クラシックボディビル選手権大会 175cm超級」で優勝。徹底したトレーニングと栄養管理を積み重ね、鍛え上げた身体と努力の成果が評価されました。

ボディビルは、筋肉量だけでなく、全身のバランスやコンディション、日々の自己管理までが問われる競技です。身体づくりに妥協せず、自分自身と向き合い続けた経験は、その後の競輪選手としての土台となっています。

現在は競輪競技に専念していますが、ボディビルで培ったトレーニング理論や身体づくりへの意識は、レースで戦い抜くための大きな武器となっています。

一つの競技で得た経験を次の挑戦へとつなげ、自らの可能性を広げ続ける姿勢は、水谷さんの大きな魅力です。これまで積み重ねてきた努力を糧に、競輪の世界でもさらなる高みを目指し、挑戦を続けています。

挑戦を続ける先に、日本一という目標がある

現在の目標は、競輪最高峰の舞台であるS級へ昇級し、そのステージで戦い続けられる選手になることです。

さらに中期目標としてGⅢ優勝、そして長期的にはGⅠを制覇し、タイトルホルダーになることを掲げています。

夢を叶えるために必要なのは、才能だけではなく、挑戦し続ける勇気。

水谷さんは、後輩たちへこんなメッセージを送っています。

「いろいろなことに挑戦して、たくさんの経験をしてほしいです。若いうちに可能性を広げておけば、本当に勝負したいものが見つかったとき、自信を持って選ぶことができます。興味があることや、人に勧められたことは、できるうちに挑戦してみてください。」

25歳で人生を大きく方向転換し、夢を現実にした水谷さんだからこそ、この言葉には大きな説得力があります。

これからも新たな挑戦を続け、日本一という大きな夢へ向かって走り続けます。

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